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先月30日に世を去ったパク・ヨンハさんを追悼する雑誌が日本で発刊される。
日本の韓流専門紙「ホットチリペーパー」(HotChiliPaper)はパク・ヨンハさんを追悼する特別版「ヨンハフォーエバー」を30日、発刊する。2004年5月、パク・ヨンハさんが初めて「ホットチリペーパー」に紹介されてから6年余りにわたり扱われたパク・ヨンハさんのすべての記事を網羅する形式だ。2004年5月号表紙に載せられたパク・ヨンハさんの写真が「ヨンハフォーエバー」の表紙として使われる。ファンにとって思い出に浸り、彼を追悼することができるようにする見通しだ。
日本ファンのパク・ヨンハさん追悼ムードは冷めていない。パク・ヨンハさんのコンサートが予定されたコンサート場にはファンの足が絶えない。18日、コンサートが予定された東京国際フォーラムで追悼献花式を開催することにした。パク・ヨンハさんの遺作アルバム「Stars」も2日の葬儀後、絶版されたが、ファンの要請で12日、再び発売を開始した。
一方「ホットチリペーパー」側は「ヨンハフォーエバー」の収益金をパク・ヨンハさんの名前で進行される慈善事業に使うということだ。
先月30日、自殺で生涯を閉じたパク・ヨンハさんを称える追悼館がロッテ免税店ソウル小公洞店と蚕室ロッテワールド店に用意された。
パク・ヨンハさんは2006年から5年間、ロッテ免税店のモデルとして活動した。ロッテ免税店はパク・ヨンハさんの突然の死の直後、ピ、シン・ミナらとともに撮った広告カレンダーと写真集からパク・ヨンハさんの写真を削除し、関連製品もすべて撤収した。しかし韓国を訪れた日本など海外ファンの要請に追悼場所を用意することにした。「スターアベニュ-」コーナーにパク・ヨンハさんを称える花輪と追悼動画、「故人のご冥福をお祈りいたします」という文を添えた追悼館をオープンした。
ロッテ免税店の追悼館を訪れる日本、中国など海外観光客たちの足は絶えていない。これらはパク・ヨンハさん関連物品を購入し、故人を称えるためにロッテ免税店に用意された韓流スターショップを訪れている。
ロッテ免税店関係者は「追悼館開設後、日本観光客らファンから『パク・ヨンハさん関連韓流商品を購入したい』という要請が絶えない。しかし故人を商業的に利用したという誤解があり得るため、品物販売は事故後中止している」と明らかにした。
9日、故パク・ヨンハさんのある側近は「パク・ヨンハさんが困難な人々を助けるのに先頭に立ったので、恵まれない隣人を助けるパク・ヨンハ財団設立に対する論議がある」と明らかにした。
故パク・ヨンハさんは国際救護開発NGOグッドネイバーズとともにアフリカ・チャドに学校建立基金を送り、現地にヨナスクールを設立するなど、恵まれない隣人を助けるのに積極的だった。
韓流スターらしく1月、日本のケーブルMnetジャパンにパク・ヨンハさんのアフリカボランティア活動が紹介されると、日本ファンたちの寄付が続いた。そのため故パク・ヨンハさんを記念する後援団体設立に対する動きが申し立てられている。
18日に日本東京国際フォーラムでパク・ヨンハ追悼献花式が行われる。
パク・ヨンハの所属事務所ヨナエンターテイメントはこの日午前10時-午後8時、東京国際フォーラムで「故パク・ヨンハ追悼献花式」を開き、ファンが故人に告別する時間を用意することにした。
東京国際フォーラムはパク・ヨンハが05年から毎年コンサートを開催してきた場所。18日にもコンサートが予定されていただけに、意味深い追悼の場になるとみられる。
ヨナエンターテイメントの関係者は「パク・ヨンハが突然亡くなった後、コンサートを取り消したが、多くの日本のファンが故人を追悼するため、予定されたコンサート場を訪れている」とし「日本を代表する都市である東京でのコンサートが予定されていた18日、コンサート場で追悼献花式を行うことにした」と伝えた。
日本のファンは2日と3日にも予定されたパク・ヨンハのコンサート場を訪れた。パク・ヨンハの葬儀が行われた2日、兵庫県神戸国際会館には約1000人のファンが集まり、3日の滋賀県立芸術会館でも数百人のファンの列ができた。こうした日本のファンの追悼は18日まで続く見込みだ。
一方、「パク・ヨンハ追悼献花式」には所属事務所の関係者および知人が出席する予定という。悲痛のため健康状態がよくない遺族の出席は難しいとみられる。
先月30日に世を去ったパク・ヨンハさんが生前、ファンに送ったメッセージが話題になっている。
あるネチズンは4日、インターネットポータルサイトに「高校時代、学園祭のためのお祝いメッセージを撮影することになり、100人の芸能人たちに依頼のメッセージを送ったところ、パク・ヨンハさんが直接返事をしてくれて驚いた」という文とともに故人が送ったメッセージをキャプチャーして掲載した。当時パク・ヨンハさんが送ったメッセージには「海外にいて願いを聞いてあげることができず、ごめんなさい。良い思い出になってほしいです。重ねて申し訳ありません」という文が残されている。
これを見たネチズンたちは「こんなに良い人がどうしてそんなに早く世を去ったのか切ない」「心が痛む」と今一度、彼の死を哀悼している。
一方、18日、日本東京国際フォーラムでは「故パク・ヨンハさん追慕献花式」を行う予定だ。
「これから熱心に生きることが故人に対する道理だと思う」
所属事務所51Kのキム・ジョンヒ代表が5日、インタビュー要請を重ねて受けたソ・ジソプの意を代わりに伝えた。ソ・ジソプは3日間、故パク・ヨンハさんの焼香所にいたほか、3日は雨の中の三虞祭にも参列した。
ソ・ジソプはパク・ヨンハさんの訃報を伝え聞いた先月30日、真っ先に焼香所を訪ねた。彼は友達の最期の道を最後まで一緒にし、葬礼費用全額を代わりに支払った。友達として彼が最後にパク・ヨンハさんにしてあげられる最小限の気持ちだった。
「葬礼費用を支払ったということを知られてしまい困惑している。友達として道理を果たしただけだ。しばらく自宅で気持ちの整理しなければならないようだ」と所属事務所を通じて話した。
ソ・ジソプはパク・ヨンハさんと20歳のころの無名時代に会って15年近く友情をはぐくんだ。互いを「ベストフレンド」と言うのにためらわないほど深い友情を分かち合い、苦楽をともにした。ネットカフェでカップ麺を一緒に分けて食べ、借家で互いを慰めながら焼酎を飲み交わした。
2010.07.06 14:24:08
ⓒ JES/Joins.com
俳優パク・クァンヒョンがミニホームページを通じてパク・ヨンハへの切ない気持ちを明らかにした。
パク・クァンヒョンは1日、自分のサイワールドミニホームページに「いつも与えてばかりの我が友、いつも心配ばかりしてくれた我が友。君がくれた笑い、思い出、心。一生心にしまっておくよ。ありがとう」と文を書いた。彼は「短い人生、周りの人にばかり気を使って逝ってしまったね。どこに逝ったのかわからないけど、また電話すれば『パク・クァン~』っ出てくれそうだ」と書いた。
「その国ではそんなに気を使うな。悲しいが、本当に苦しいが、離れたくないが、私はここで、お前はそこで元気に生きよう。本当に本当に愛する友よ」と呼びかけた。また「今週、焼酎1杯飲むことにしてたのは今度に延ばそうな。だろ?」と付け加えた。
パク・クァンヒョンは故人と一緒に撮った写真も公開しながらいつまでも去った友達を回想した。写真の中の2人はうずくまって座り、Tシャツの中に腕と足を両方入れた姿だ。笑うパク・ヨンハとぼうぜんとした表情のパク・クァンヒョンの顔が妙な対照を成す。また別の写真で2人はサングラスをかけてほほえんでいる。
2010.07.04 15:24:07
ⓒ JES/Joins.com
パク・ヨンハさん(写真)の死亡の知らせに初めて接したのは、先月30日、日本TBS放送の朝の情報番組「ひるおび」を通じてだった。日本ワールドカップ(W杯)代表チームが前夜、南ア共和国W杯16強戦でPK戦の末に敗れたという話題一色だった。そんな中、速報でパク・ヨンハさんの自殺のニュースが伝わり、以後関連ニュースが日本の放送に広がり始めた。
「韓流スター」という言葉をよく使うが、日本人たちが名前と顔を知る本当の韓流スターはあまり多くない。パク・ヨンハさんは日本でペ・ヨンジュン、イ・ビョンホンらとともに老若男女誰も名前を聞けば顔を思い浮かべることのできる数少ない韓国芸能人だった。日本で初めて韓国ドラマブームを起こした「冬のソナタ」に出演したというプレミアムもあったが、以後、歌手として活発に活動し、人気を集めていった。2004年、デビューアルバム「期別」を始めとし、シングルアルバム8枚、スペシャルアルバム2枚などをリリースし、韓国人歌手として初めて4年連続ゴールデンディスク賞を受賞した。今年6月にも日本で新作アルバムをリリースし、5年ぶりに全国ツアーコンサートを進行中だった。死亡1週間前の6月24日にも日本の埼玉県でコンサートを盛況裏に終えたという。
こうした理由で、パク・ヨンハさんの死に対する日本メディアの関心は想像以上だった。芸能情報番組はもちろんで一般ニュースでもパク・ヨンハさんの死亡のニュースを大きく伝え、パク・ヨンハさんが日本へ来る度に訪れていたというレストランなどを訪問し、彼のエピソードを伝えた。「韓流の聖地」と呼ばれるようになった東京・新大久保に用意されたパク・ヨンハさんの臨時焼香所を訪れ「もう私たちはどう生きていかなければならないのか」と大声で慟哭するファンの顔を映した。パク・ヨンハさんのアルバムも関心を集めた。先月9日にリリースした「Stars」はオリコンアルバムチャートで100位圏外から死亡の翌日の7月1日には31位に跳ね上がった。これとともに昨年リリースした「OneLove」と「最も愛する人」などもそれぞれ46位と87位にランクインした。
一方、一部のメディアは「韓国芸能人たちの自殺がこのようにひんぱんな理由は何か」という疑問を投げかけている。フジテレビ情報番組「情報プレゼンター とくダネ!」は最近、数年間に自殺した韓国芸能人のリストを紹介し「発達しすぎた韓国のインターネット文化が芸能人の自殺の主原因になっている」という分析を出した。自殺を選択した人々の心の中の深い闇の部分は想像することができないが、韓国芸能界の不安定な構造も1つの原因になっているのではないだろうか。日本の芸能人たちはある芸能プロダクションに一生所属して月給をもらう"会社員"に近い。すなわち高い人気を享受することができなくても「細く長く」芸能界で生き残ることもできるのだ。しかし韓国の芸能人たちは大衆の関心によってあっという間に最高の地位に上がったかと思えばいつの間にか忘れられたりする。パク・ヨンハさんも「自分の人気がいつまで続くか分からない」という不安感にさいなまれていたという。
個人的にパク・ヨンハさんに会ったのは2002年ドラマ「loving you」撮影現場であった。当時「冬のソナタ」の成功でしばらく株をあげていたにもかかわらず、謙遜で、ユーモラスだった姿が記憶に残っている。彼が日本でイベントをする度に雨が降り、日本ファンの間では「雨男」というニックネームで呼ばれたりしたという。彼の告別式が行われた2日にもそうして雨が降り、100人を超す日本ファンが韓国まで訪ねて彼の最期の道を守った。多くのファンの念願のように天でずっと平安を。故人のご冥福を祈る。
2010.07.04 11:34:41
ⓒ 中央日報/Joins.com
パク・ヨンハの自殺が衝撃を与えている中、SBS(ソウル放送)ドラマ「土地」の制作会社代表が資金難を悲観し、自宅で首つって死亡しているのが見つかった。
ソウル江南(カンナム)警察署は2日、「ドラマ制作会社ジナフィルムの代表イ氏が1日午後11時ごろ、ソウル江南新沙洞(シンサドン)のレジデンスの浴室で、ベルトで首をつって死亡しているのを、警備員が見つけて申告した。イ氏のそばには『母に申し訳ない』という遺書が置かれていた」と明らかにした。
警察は、「イ氏が普段から資金難で苦しんでいた」という証言などから、ドラマ制作の厳しい事情を悲観して自殺したと推定している。ある関係者は「ドラマ『東方の光』の制作直前に独立し、青春ドラマを準備中だった。制作がうまく進んでいないという話は聞いたことがあるが、こういう極端な選択をするとは思っていなかった」と述べた。
2010.07.03 12:59:16
ⓒ JES/Joins.com





